2015年10月1日木曜日

8/19 ママカフェ参加の感想③


元主催からの感想です。


ママカフェに参加してから1年半以上が経過しました。
以前の育児に対する心持ちがどうだったか思い出せないくらい、日々の問題に直面したときにはまずママカフェ的な考えが頭をよぎるまでになりました。キム兄には感謝でいっぱいです。
私の変化はどこにあったか思い出しながら今回の講演の感想を書きます。


10代の頃、私は8歳離れた妹の面倒をみていた頃から"しつけ"に対して、細かくて厳しく行っていました。父は九州男児で頑固。しつけは昔ながらビシバシ派(あ、でも手はあげない)でした。

それを真似ていたのか性格か分かりませんが、私は間違いなく「口うるさい姉」でした。
クラスの男子からも「ゴリラ」と呼ばれ、両親からも短気だから気をつけなさいと注意されるほど。
それを自覚しながら、社会人になってから、仕事や人間関係に苦悩しながらも気をつけてきたつもりでいました。
子どもを授かり、妹の時のようなガミガミは止めよう!と色々な本も読んで学んでたのですが、
短気な性格は本領発揮。私は細かいことまで「あれ、だめ、これ、危ない」と注意したり、やりたいことを阻止したり(結局、後に私が面倒になること、自分への負担に対する恐れだったんですが)、子を思う故に押さえつけた子育てをしてたように思います。
娘は自我が強く、抑え付けそれに反発、イヤイヤ期も1歳半からスタートしていました。
怒りたくないけど、つい口から出てしまうガミガミになり
「あーこんなんじゃないよなー」と育児本とにらめっこしてる状態でした。

ママカフェに初参加した時、今までの育児が子どもの自立への妨げになる行為だったと気付かされ、衝撃を受けました。数々の育児本もママカフェ一回の参加での「ストンと入ってくる」感覚にはかないません。(これは参加者多くの人が実感すること)
怒らない育児に対して、素直に受け入れられたんです。
私の口うるさい躾は、感情をぶつけてるだけで、誰もプラスになることはなかったと心底反省しています。


あの日から今日まで、ママカフェの大目標である「子どもの自立と絆」を意識するようになり、気がつくと以前より楽しい子育てができるようになったと実感しています。ママカフェ流な気持ちの変化だけで「とーっても楽に」なるんです。
その感覚は徐々にではなく、いきなり訪れた感覚でした。

娘のやりたい気持ちを生かし見守ると、一人でやれることが急に増えて、手出しせずにニコニコ待ってるだけで良い時間が増えました。勿論、甘えたい時間もたくさんあるので、鬱陶しく扱わず、一度家事や仕事の手を休め、集中して甘えさせると五分くらいで満たされて離れてくれたり。


そして最大に良かったことは、夫や友達を巻き込みママカフェへ連れてきたことですw笑(多少強引だったかな〜)
子育てを一緒にしていく中で、同じ考えでいると、お互いのガミガミが減りめちゃくちゃ楽しい時間を過ごすことができます。
主人は最初多少の抵抗感があったようですが、キム兄の話中、メモいっぱい書き出してるのをみて(しめしめと)嬉しくなりました。一回の講演で実際覚えていることと言えば、関わって遊ぶこと、否定しないくらいだった気がしますが、今でも継続しています。夫婦が同じ考え方があることはそれまでと大きな違いでした。その後も他の選択理論の講演へも一緒に参加してくれたり、思い切って誘って良かったです。


「いま」の子育てを必死に着目していた私ですが、ママカフェに参加し続けると、必然的に「未来」の子どもの成長や親子関係についても意識するようになりました。普通に生活してたら、まず未来像なんて深く考えもしないですが、「今の子育て」が「将来の親子」になるということを痛感します。
今回のテーマ、LINEやゲームに関しても、いま直面している問題ではないです。しかし、今からスタートしてるということに気付かされました。

3歳の娘は、TVやビデオを見たがります。見せてきたから、それがお絵描きよりも楽しいって思うんです。それがいつか携帯やゲームへと変わっていくことが、今の小学生見ても容易に想像できます。
それは子どもと私にとってプラス?マイナス?もうすでに子どもの楽しい世界(上質世界)にどっかりとTVが占領してしまいかねないと 怖いと思いました。
だから「TVでなく、他にも楽しいことを一緒に作って遊ぶこと」体を使った楽しさを教えることが大事ですね。
そうした積み重ねで、将来小学生中学生になった時、Lineやゲームではなく「夜はお母さんと◯◯してた方が楽しい〜!」とか共同で楽しめる関係であったら理想的だなぁって想像しました。
また「第三の場所作り」には、子どもだけでなく私や主人、誰にでも当てはまると気付かされました。
学校や職場や家だけ、限定された関係の中で、窮屈に感じた時に行き場がなくなり悩むこともあるんじゃないかと。
大学の頃、ボランティアで夏休みだけの独自の学校を開くキャンプをしてました。人手不足となり次の夏から閉校を決めた時に、ある小学五年生の女の子に言われた言葉を思い出しました。
「普段学校では虐められることがあって、殻に閉じこもってるけど、この学校は自分を開ける場所だった」
衝撃的な告白でした。なんと言って良いか分からず、慰めか謝罪かそんなことしか言ってあげれなかった。
夏休みの何日かの学校に期待を持って参加してくれて、それが無くなるとその子にとって第三の場所が無くなることだったので、絶望的だったのかもしれません。

娘が、第三、第四の場所(習い事とか)でも楽しめることがあるなら、世界も広がり、色々な友人もできるだろうから、娘と相談しながら勧めたいと思うことでした。


毎回、講演が終わると娘がますます愛おしく感じて、いきなり優しくて良いママになった気持ちになります。この時の気持ちを大切に日々を過ごしていきたいです。

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